ネトゲ恋愛研究家の相方ラノベ『第一回脳内相方会議』


ちーかづーきたーいよ~
きーみのー 理想に~

おーとなしくーなれない
Can you keep a secret?


とくに機嫌が良いわけでもないのに、なぜか宇多田ヒカルのメロディが口を突いて出てきた。
歌いながら10分ほど自転車を走らせて、かかりつけの歯医者に着く。
3か月ごとに予約している歯のホワイトニング、1回28,000円。

haisha

歯科衛生士の女性に口の中を診てもらっている小一時間の間は、何もすることがないから、ちょっと込み入った考え事をするのにもってこいなのだ。
「沁みたら言ってくださいね」などの言葉に「ふぁい」とか「ひゅん」とか適当に反応を返しつつ、いつものように脳内で、全わたし定例会議を開催する。
本日の議題はもちろんこれ。
「最近ドラクエXでできた相方について」。

「相方なんて、体のいい言葉に聞こえますけど、それってつまり不倫ってことですよね?!」
保守派の議長は、しょっぱなから鼻息荒く核心を突いてくる。

「まあ…直接会ってどうこうしているわけではないですから、不倫とは、すこし違うんじゃないの。とはいっても、真理恵の幸せを考えたら、僕も反対だけどねえ」

いつもなら合理的で手厳しいことしか言わない老年の書記長が、めずらしくわたしを気遣う意見を言って場を和ませた。

ほかの議員たちも、明らかにいつもより前のめりになり、それぞれの考えを主張する。

「好きになっちゃったんだから仕方ないじゃないのヨ~」

「単なるゲームの中のお遊びなんでしょ?真理恵ちゃんはそんなのに本気になるようなバカな娘じゃないよ」

「だけどもし相手の奥さんから訴えられたら…!」

みんながこんなにも平静さを失って、わたしのことを一生懸命に考えてくれているのを見ると、それだけでわたしはもう満足してしまう。
脳内議員たちはみんなわたしのことが大好きで、知恵をしぼってめいめいに、わたしにとって一番いい未来を考えてくれる、親よりも親友よりも信頼のおける最重要諮問機関なのだ。
ただし、議員は全員わたしだけど。

ugai

「ハイ、奥歯まで、とってもキレイになりましたよ。仕上げに、フッ素コートかけていきますね~。ちょっと酸っぱいですけど、我慢してくださーい」

歯科衛生士が白いペースト状のフッ素コートを細いブラシに付けて、わたしの歯に塗り始める。
ちょっとどころかかなり酸っぱくて、舌の付け根に唾液がブワッと湧いてきた。
だけどすぐに甘ったるく変化したその味は、安っぽい居酒屋で出てくる果実サワーにどことなく似ている。
「ね、ホラ、青リンゴの味するでしょ?ね?そうでしょ?」と、ムリヤリ舌に媚びてくるような、人工的で押しつけがましいあの味。

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先週の金曜日。
ウェディ男のカグラとふたりでゼルメア回しをしている途中、「相方にならない?」と言われた。
カグラとは1年くらい前からフレンドだったけど、最近になって一緒に遊ぶことが多くなり、遊ばなくても何気ないチャットを送り合う仲になっていた。

「まだ仕事が終わらないよ。早く帰ってインしたい」

「今日も残業?最近、夜は冷えるね。風邪ひいてない?」

はじめはドラクエの話しかしていなかったが、少しずつお互いの生活を感じられる話題が増えてくると、恋愛の空気感が高まってきてドキドキした。
仕事中でも、電車に乗っていても、気がつけばいつもカグラのことを考えて、今なにをしているのかと気になれば、すぐにチャットを送った。
カグラからはいつも5分と空けずに返信が来た。
「今日もインは23時くらいになるかな。早く会いたいよ」

そろそろカグラが二人の関係を決定的に進展させてくれるんじゃないか、と内心すごく期待していたから、告白を受けたわたしは有頂天になった。
その高揚をカグラにさとられるのが恥ずかしくて、顔文字もしぐさも使わずに、「うん、いいよ」と素っ気なく応じたけれど、そのときわたしがリーダーを務めていたゼルメアは地下1階で沈没した。
「ごめん、なんか、うれしくて、動揺しちゃって」
けっきょく白状したわたしに、カグラが何も言わずに寄り添ってきた。

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事態が暗転したのはその3日後。
毒耐性のついた族長のケープ下をさがして、またもや二人でゼルメア周回をしていたときだった。

「ごめん、落ちなきゃいけなくなった。嫁がパソコン使いたいって」


よめ…

えーーっと、

え、…よめ?


しばしチャットを返すことができず、キーボードの上に両手を丸めたままわたしは固まっていた。
よめって何だっけ、ああ嫁か、ウチの女と書いて嫁ってか、イヤな言葉だねえ。
そんな思考でぐるっと遠回りして、その間に自分を落ち着かせるのが精いっぱいだった。

「は?!カグラ結婚してたの?聞いてない!!」

なんでそう、すぐに言えなかったんだろう。
反射的に、自然に、当然の権利をもって、世界の秩序と正義の名のもとに彼を責めることができた唯一のチャンスを、わたしは永遠に逃した。

「相方だなんて、体のいい言葉ですけど」
会議の冒頭で議長が言ってたけど、わたしも、そう思う。

恋人?
戦友?
気の置けない仲間?
それともカグラは、結婚生活にはない刺激的な酸味を、わたしで補充しようとしていたのだろうか。

体のいい、というよりは、曖昧で便利なんだよね。
相方っていう関係性って。
そう思った。

それは恋人とか、息の合う共闘者とか、趣味の共有者とか。
それからときにはエア不倫とか、すごくたくさんの意味や機能や欲望を、ぜんぶひとつにまとめたおトクなコミコミパックのようなもの。

超おトクなのに、リアルな知人を失ったり、家庭を壊したり、深刻なトラブルになるリスクが少ない。
何かあったとしても、「これ、ゲームだよね」って相手を突き放して、無傷で撤退できる。
カグラはその相手として、わたしを選んだ。

悲しいのは、好きだったのはわたしだけだったんだ、っていう事実。
お互いに、相手に期待している機能…相手とどんな関係になりたいか、相手を使ってどんな欲を満たしたいのか、っていう理想は違ったんだ。


ちーかづきたいよ~、君の理想に~
おーとなしく なれない
Can you keep a secret?

馬鹿野郎、大人しくしてろよ、リアル結婚してるんだったらさ。
そう思うけれど、いつかわたしも結婚したら、
「ああ、最初は青リンゴの酸味が刺激的だったのに、だんだん甘くて退屈になって、飽きてきちゃったな」って思うんだろうか。
夫以外とのゲーム内恋愛を求めたりするんだろうか。

もしもそんな日が来たら、そのときはカグラに頼んで、もう一回なってやってもいいよ。
既婚者どうしの相方ってやつに。

でも今は、さようなら、カグラ。
どーぞこれからも、いつまでもお盛んに、お元気で!

かくして本会議は、カグラとのフレンド関係解除およびすべての手紙のやりとり、どこでもチャット記録の削除を全会一致で決議。
即日執行することを宣言し、閉会するものであります。
       解散!