ドラクエを使って彼氏を探してみようと思ったのは、ヤケを起こしたのが半分、好奇心が半分だった。
だけどもう本当に私のこの数年の男っ気のなさときたら、自分史上でも群を抜いていた。
3年前に別れた彼氏のことが忘れられないとかでもなく、もう男なんて面倒なだけ、と悟りきったわけでもなく、ただはっきりしているのはそのときにはもう周囲の独身男性が全滅していた。
考えてみたら関東地方とはいえ、こんな田舎の地方都市はみんな人生が進むのが早いに決まっているんだけど、気がついたときにはもう遅くて、地元の女友達は私以外全員が片付いていた。
最初のうちはそれなりにがんばって、友だちに紹介を頼んだり合コンを組んでもらったりしたけれど、そこで知り合う男たちには、誘われれば飲みに行くことはあっても、自分からどうこうなりたいと積極的になれるぐらいのレベルの人はいなかった。
彼女のいない男性を探して紹介してくれていた友人たちも、そのうち「もう持ち玉がない」と言い出し、私も疲れ果てて、1年くらいでそういう活動もやめてしまった。
「あー、詰んだ」
ゲームをしていてときどき使う言葉だけど、今の私の状況に良く似合うと思った。
あー、詰んだんだ、私の人生。
ドラクエなら、構成を変えたり装備を変えたりして、いくらでも戦いをやり直せるんだけどな。
そんなどうしようもないことをボンヤリ考えた。
いろんな親切設計が豊富なドラクエ10は、ネトゲにしては珍しく「詰む」ポイントがほとんどなくて、課金の武器を買わないと倒せないような敵もいないし、しばらく休止していてもすぐ最前線に復帰できる。
だから私はドラクエ10が好きだ。
そうか、ドラクエだ。
ドラクエ10のフレの中から、次の彼氏を探そう。
ゲームを使ってエア恋愛を楽しむ人がいるということに気がついたのは4年前だった。
同じチャットルームに所属する4人の仲間のうち1人の男キャラが、ルーム機能を使わず、いつの頃からか私だけをオーブ狩りや日替わり討伐に誘うようになり、ある日ついにモンセロ温泉郷に一緒に行こうと誘われた。
バージョン2が終盤だった当時、モンセロ温泉郷の入り口には強力な試練の門が登場して、プレイヤーはみんな、魅了と幻惑とブレス攻撃が憎らしいエレメン軍団相手に苦闘を続けていた。
エレメンを退けたその先にひろがる、ほかほかの湯けむり天国を夢見ながら、私たちはみんな門の前で透明な死体の山をつくった。
やり慣れていたわけでもないのに僧侶をするしかなくなった私と、ふだんからバトマスか魔戦しかやらない彼も当然苦戦した。
初挑戦から2日後にようやく門をくぐって奥地にある露天温泉まで私を連れて行く途中、ドルボードで前を行く彼が言った。
「今度さ、本当にふたりで温泉行ってみたくない?」
一瞬で背骨のあたりに寒気が走った。
コントローラーを握る手の汗がザァっと冷たくなった。
マップの北側の温泉に着くなり、彼はさっさと水着に着替えた。
去年のキュララナイベントの賞品になっていた、赤いサーファータイプの海パン。
用意してきていたのか。
着替えのすばやさに引いてじっと動かない私をどう勘違いしたのか、近づいてきて彼が言った。
「みなみも脱げよw
恥ずかしくねえよ、ゲームだろ。
退魔着たまま温泉入る気か?」
「脱げよw」のひとことで、ギリギリのところで持ちこたえていた糸がぷつんと切れた。
適当な言い訳をする気にすらなれず、何も言わずに、一度も彼を振り返らずに私は一人で住宅村まで帰った。
ルーラ石を使ったのか、もと来た道をドルボードで引き返したのか、ぜんぜん覚えていない。
ただ、道路にこぼれた油みたいにてらてら光る七色のお湯がすごく不潔に感じて、できることならもうここには来たくないと思ったことだけは覚えている。
あの温泉のあと、私は男フレたちを警戒するようになった時期もあった。
温泉だの家だのに女の子を呼び出し、服を脱ぐように言って、「そういうチャット」の相手をさせようとする男なんてそうそういるはずないのに、あの事件の記憶が薄れるのには少し時間がかかった。
そうはいっても過去は過去、今は今。
今の問題は今解決するしかない。
現実世界では私の周りの男という男はすでに乱獲され尽くしていて、色気のある出会いなど一つも残っていない。
私にチャンスがあるとすればここ、アストルティアなのだ。
プレイ歴5年のドラクエ10、フレンドの半数以上は(少なくとも見かけ上)男性だ。
バーチャル世界とはいえ長い付き合い、ドラクエという共通の趣味、共有してきたたくさんの思い出。
彼氏を探すのに適切と言える材料が十分にある。
さあ、始めよう。
まずは明確な条件設定から!
パソコンを立ち上げてエクセルを呼び出し、さっそく彼氏に求める条件を書き出した。
さらにその左隣のセルに、条件として譲れない順に数字をふっていく。
数字の順に項目を並べ替えて、上から順に
1、フレや野良の人の悪口を言わない人
2、自分の遊び方を押し付けない人
3、アドバイスや指示をしてもいいけど、言葉遣いがきちんとしてる人
4、チャットのノリが合って話が楽しい人
5、いつ見てもインしてる人は✕
となったのを、指で追いかけながら声に出して読んでみた。
まあ、こんなもんかな。
昨日、週討伐をやりながら半分だけかじって残していたファミマのチョコスコーンを、濃いカルピスで流し込んで、さあ気合を入れて。
次の作業に着手する。
スマホのおでかけツールからフレ一覧を呼び出して、男キャラの名前をぜんぶエクセルのA列に打ち込んだ。
私の男フレは数えてみると66人もいたから、明らかに中身が女の子に違いない人や、サブキャラを除外しながら入力していくのは思っていたより大変だった。
1列空けてC列に種族、D、Eと中の人の推定年齢、かんたんな性格メモを書き込んでいき、F列は備考欄として一緒に遊んだ時のエピソードを書き入れた。
最後に、先に絞り込んでおいた条件に照らし合わせてみて、優先度の高い条件に反している人には✕印をつけていく。
こうして何人かに絞り込み、狙いをつけた相手を、なだめてすがって、なんとかリアルに誘い出す作戦。
そりゃめちゃくちゃだけど、方針はいたってシンプル。
リアルな私の周りには、いくら探してももう出会いはない。
だからもう、これ以上の方法は思いつかない。
(つづく)
自分で書いておきながら、なんて危ない人物を生み出してしまったのだろうとかすかに怯えつつ、後編へ続きます。