(前編はこちら)
エクセルに男フレたちのデータを打ち込んでいると、彼らとともにしてきたいろんな物語やバトルのシーンが蘇ってくる。
私がドラクエ10を始めたのは今から5年前で、WiiU版が発売になったときだった。
そのころは、いつインしてもアズランやジュレットにたくさんのプレイヤーがいた。
メタル迷宮も試練の門もまだなくて、フィールドでコツコツと弱い敵を狩りつづけることしかレベル上げの手段がなかったその時代、私たちはその無感動な単純作業をせめて誰かと一緒にやりたくて、でもなかなか知らない人に声をかけられなくて、そしてゲーム内で他人と接するというのはどういう振る舞いをするべきなのか見当もつかなくて、とりあえず「パーティ組みませんか」と定型文でしゃべりながらさそうおどりを町の入り口で踊ったりしていた。
いま私が見ているお出かけツールのフレンド一覧は、新しいフレから順に表示されている。
リストの下の方にいる古いフレンドたちとは、五大陸のストーリーをお互いに手伝ったり、ベリアルコインをなけなしのお金を出し合って買ったり、やっと倒したのに報酬がまほうのせいすい1個だったりした時代を共有してきた。
お互いの武器防具を作り合ったり、転生モンスターを倒すために1週間毎日きのこ山に登ったり、ケンカしたり仲直りしたりしてきた。
だから新しい人たちとは比べ物にならないくらいたくさんの思い出があるのに、過ぎていった時間が地層になって堆積するみたいに彼らはどんどん下に押しやられ、5年の時の重さを支える彼らの顔アイコンはなんだかすごくきゅうくつそうに見えた。
そして、いつか冷えて固まって、静かな土になった彼らは、もう何年も前からインしてこない。
リストの上の方にいる男の子たちは時々誘ってくれるし、毎週試練をおごってくれたり、新しいコインをおごってくれたりするけど、正直そこになんのドラマもなく、思い出もない。
「こんばんは、よろしくお願いします」
その後はほとんど何も話さないまま無言で潮風のディーバあたりまで倒し、「僧侶するね」って誰かが気を利かせてくれれば、そこからまた無言でプラチナキングを殴るだけ。
「お疲れ様でした、また誘うね」
とは言うけれど、本当はみんな誰でもいいんだ。
ドラクエが始まって6年、ほとんどのコンテンツはもうとっくに使い古しで、今日も明日もおなじタスクを周回して消化してそれが習慣になっているからやるだけで、この時間をもう遊びと呼べるのかどうかすらよく分からない。
そんな過ごし方をするようになった私たちの暮らしに、一人ひとりの個性がものを言う場面なんてもうなくなってしまった。
そんなんで、誰かが自分にとって特別印象に残ったり、ましてやその中の誰かを好きになるなんてことがあるだろうか?
だってこうやって遊ぶことがフレンドなら、フレンドなんか誰だっていい、別に私じゃなくたっていい。
だから会いたい、
ときどき叫び出しそうになるほど、あのころのフレたちに会いたい。
そうだ、すっかり忘れていた。
真夏のラーディス王島で、日が暮れるまでいっしょにペンギン狩りしながら、
「私さぁ接客向いてないと思うんだよね、明日仕事行きたくないなあ」
とか、
「俺、ヒゲが濃いんだよねーw だから1日3回剃ってるw」
とか、お互いのことをいろいろ話して仲良くなったフレンドが1人いた。
青い短髪のエル男のユウ。
あまりいっしょに遊ばなくなってからもときどき雑談だけ交わしていたけれど、物語が嵐の領界になった頃から、ついに顔を見せなくなったユウ。
私がドラクエを始めて、一番話が弾んで楽しく遊べたのは彼だった。
ユウがヒゲの話をしたときは、
「やっぱりこの人男の人だったんだ」
とドキドキしたし、犬を飼っていると聞けば、
「ってことは一人暮らしじゃないよね、実家か、それとも結婚してる?」
と想像して勝手に落ち込んだりした。
ときどきちらりと見える相手のリアルに戸惑いながら、いろんな人とたくさん冒険しながら、自然にじっくりと仲良くなることができていたあの頃。
今は違う。
僧侶が巧くてPSあって、試練誘えばこっちからお願いしなくてもさりげなく空いてる職に転職して合わせてくれる、理解ってるエル子。
防衛軍で周りの人の武器見て、どのフォースを使えばいいか判断できて、発動3秒前に「フォースブレイク入れます」ってその時々に必要なコミュニケーションが取れる、理解ってるエル子。
そういう記号みたいなのじゃなくて、私は。
私はアラサーで、友達は2〜3人いるけど彼氏とかいなくて、コンビニの新作お菓子を探すのが好きで、正直可愛くはないけどそれなりに髪型とかネイルとか気をつかってる、だからつまり、エル子でも理解者でもなんでもなく、私は私。
そう、1済みとか2赤とか理解者とか、そういう記号じゃなく私を。
今ここでいちごポッキーを2本いっぺんに口にくわえながらプレイしている私のことをちゃんと知って、「またなんか食ってんのかよw」って笑いながら、仲良くしてくれたあの頃のフレンドたちが懐かしい。
気がつけばエクセルシートは古いフレンドの備考欄ばかりがどんどん幅広になって、どんなに文字列を折り返しても書ききれない思い出が欄外にはみ出している。
反対に、ここ1年くらいでできた新しい男フレたちの欄には、シンプルに「コイン奢ってくれる」「パラ上手い」とだけ書かれていて、その露骨さに自分で苦笑する。
なんだ、男を記号扱いするようになったのは、私もおなじだったんだ。
そういえばインしなくなる前に、とつぜんユウはアルファベットを羅列した意味不明のチャットをわたしに送ってきた。
「なに、これ、何かの暗号?」
「さすがに俺からみなみのを聞くわけにはいかないだろ。
気が向いたら送ってよw」
そう言われてもう一度10文字のアルファベットを読み返し、それがLINEのIDだと気がついた。
「え?ちょっとなに突然」
そういえば聞いたことがある。
ゲーム内限定の彼氏彼女になって、LINEとかで連絡を取り合っている人たちがいるって。
たしか、相方?
「もしかしてユウ、そういう遊びに興味あったの?」
からかい半分にチャットしようとしたら、もう彼のアイコンは暗くなっていた。
私のIDを教えてもいいけど、明日インしたとき彼がどういうつもりなのか、それとなく確かめてからにしようかな。
そう思って、アルファベットを手帳の端にとりあえずメモしたけれど、それからわたしはメイヴの石割りに夢中になり、ユウはインしなくなり、まる1年が経っていた。
そうだ、ユウ。
ユウがいた。
エクセルをデスクトップに開いたまま放り出し、クローゼットまで椅子を引きずっていって、上段の衣装ケースの脇に押し込んであった去年の手帳を引っぱり出してくる。
あった。
3月のページの余白に、ユウLINE、とあり、その横に10文字のアルファベットが書いてある。
IDをスマホに打ち込むと、高梨悠輔、というプロフィールが現れた。
ゆうすけ、って言うのか。
アイコン写真は、飼っていると言っていたクリーム色のチワワ。
その後ろに、椅子に掛けられたチェックのシャツが写っていた。
青い髪のエルフだった彼が、急に普通の男の生活感を帯びて、何だかすごく不思議な感じがする。
「ユウ、元気?私、ドラクエのみなみだよ。」
少し緊張しながら打ち込んで、スマホをテーブルの上に置いたら、パソコンに仰々しく広がったエクセルシートが目に入った。
なんでこんなたくさんの男を羅列するまで気づかなかったのだろう。
この1年間のドラクエのことを、ユウと話したいと思った。
新しい職業の天地雷鳴士が予想してたのよりずっと面白いこと、白い宝箱が登場したおかげで昔の装備でドレアがしやすくなったこと、海に落ちてばかりで大笑いしたトラシュカ、防衛軍、5000年前の不思議な黒い猫。
どれから話そうかと迷っていると、送ったLINEが既読になった。
彼は私の突然の連絡にびっくりしているだろうか。
ヒゲの伸びた顎を困ったようにさすりながら、スマホを見つめているんだろうか。
(おしまい)
なんかこう、ラノベというよりもう少し小説的な書き方を最近は研究しているんですが、それってすごく疲れます。
その反動なのか、やっぱりもっとチープでクレイジーで破戒的なやつが書きたい。
今日はココまで。
マキさんでした!