「ハァ?」を無理矢理戻された肺は激しく動揺して、肺胞の一つひとつがキャパオーバーして呼吸が乱れた。
相方のレオンと、今夜こそいっしょに討伐しようと息まいていた聖守護者Ⅲ。
あんなに約束したのに、まさか、先に称号獲ったわけ?
頭の中でガーンと昭和の漫画のような音が鳴り、激しい怒りを連れてくる。
私を置いて?
この状態になったら最後、午後の仕事なんて手につくわけがない。
ミランときっし~は私もいっしょに遊んだことがあるから知っている。
2人とも人間男キャラで、話しぶりや振る舞いから見て中身もたぶん男性だ。
でも問題はそこじゃない。
ずっといっしょに挑戦して、それでも勝てなくて2人でいろんな対策をしてきた聖守護者Ⅲ。
私に黙って先にクリアしちゃうなんてどう考えても裏切り、絶対に絶対に許せない。
以前にもレオンは、私が帰宅する前にチムメンの女の子たちと一緒にリーネの配信クエを終えてしまい、ブチ切れた私に別れ話を切り出されたことがあった。
その時、怒り狂った私はレオンに猛烈なチャットで恨み言を投げつけた挙句、彼にチームを抜けて欲しいと迫った。
だって、前々から嫌だった。
私はそのチームの一員じゃないから、チムメンと遊んでいる彼が誰といっしょにいるのか、どんな会話をしているのか全く見えないことが。
そのことでもう2年近くやきもきし続けている苦しさを、どう説明してもレオンは解らないという。
そんなのしようがないじゃないか、と言われても、苦しいものは苦しい。
私を苦しませないでよ、だってあなたは、私の相方でしょう?
「さくらもどこかのチームに入ればいいじゃないか。
俺だけじゃなくてもっといろんな人と遊んで世界を広げてみなよ。
そうしたら細かいことが気にならなくなるかも」
返ってきた彼の言葉に、視界が真っ白に弾けた。
歪んだ笑いが唇を変な形に曲げていくのが自分でもわかった。
世界を広げろ?
見当違いにもほどがある。
あなたがいるなら、私は他のフレと遊ぶ必要なんてないのに。
私はたくさんの人と交流したくてドラクエをやっているんじゃない。
ただあなたのことが好きで、いっしょに時間を過ごせればそれだけでいいのに。
どうしてレオンはそれをわかってくれないんだろう。
あなたは私の相方なんだから、できるだけ私といっしょにいられるように、もっと心を砕いて欲しいのに。
そもそも相方の私がいるのに、なぜ彼はフレやチームが必要なんだろう。
全然分からない。
「女の子と行ったわけじゃないし、聖守護者実装日の初討伐はちゃんとさくらと行ったし、Ⅲくらい他の人と倒したって怒られる理由はないよな」
今回のことだってレオンはそう考えているに違いない。
でも間違ってる、その考えは絶望的に間違っている。
いや、彼は考えてすらいないかもしれない。
最近少しわかってきたけど、たぶん男の人ってそうなんだ。
どうやら男っていうのは、1から10まで言って聞かせなければわからないらしい。
私がインしてない間にほかの女の子と組まないでほしい。
私が落ちた後はだれとも話さないで、すぐに落ちてほしい。
リアルが忙しくてインできない日は仕方ないけど、ひとこと連絡してほしい。
新しく実装されたコンテンツは、先に終わらせないでほしい。
ほら、数えてみたけどじっさい10もないじゃない。
たったこれだけなのに。
たったこれだけしか求めていないのに、なんで彼は私を何度も裏切って傷つけるんだろう。
どう考えても彼が悪いでしょう?」
この異次元カミングアウトをした場合における同期女子(非ヲタ)の反応をひととおり想像してみて、それはやはり絶対にあってはならないことだと判断し、おでかけツールを閉じて現実世界へ戻る。
スマホを持ったまま倒れ込んでいた畳から起き上がり、目尻を汚していた涙をこすってキャンメイクのパウダーで直し、(株)きさらぎ証券大手町支店の窓口を担当する私、水野さくらは自席に戻るのであります。
ネトゲ恋愛にハマった廃女の私を普通のアラサーOLに擬態させてくれる、伊勢丹でボーナス払いで買った見た目装備たち。
いい装備は女を奮い立たせたり慰めてくれたりする。
でもその鎧のなかに潜んでいる私は、2年前にレオンと出会った時からとっくに狂っている。
冗談じゃない。
どんなに親しい相手にだって絶対相談できない、バーチャル世界での恋人の悩みなんて。
だけどもう限界、一刻も早く誰かに聞いてもらわないと今にもわたしは崩れそう。
だから決壊する前に防波堤を作らなきゃと思って昨夜、寝る前にサブキャラからフレンド募集日誌を書いた。
「相方との悩みを相談しあえるルーム作ります、相方持ちの女性メンバー募集。」
今日になってもまだ、誰からも「いいね!」の1つもついてない。
どうして?
みんな相方とうまくいっているの?
喧嘩した時は誰が慰めてくれるの?
誰でもいいから助けて、誰でもいいから私の話を聞いて。
とても苦しい、顔も知らない、触れることもできない相手を好きになることはこんなに苦しい。
だから誰かに言ってほしい、「わかる、わたしも同じだよ」って。
ねえ私は、彼と別れた方がいい?
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ネトゲ恋愛研究家、マキ学長のアストルティア恋愛ラノベ、今回で3作目でございます。
一連の恋愛ラノベを読み、さらに感想を聞かせてくれるかたたちが結構おられまして、学長はびっくりしています。
ほんっとありがとーございます!
なかでも面白いのは、ラノベを読んだ感想が
「共感した、キュンとしちゃった!」という人と、「何これ超ウケるクソワロタwww」という人の真っ二つに分かれることです。
思うに、「キュンとした」とか「この彼氏ひどいね」とかいう感想を持った人は、おはなしに自然に感情移入したという事なので、多少なりともネトゲ恋愛の資質と言うか、いわゆる恋愛脳っ気がある人なんじゃないでしょうか。
ヒッ。
わたしはというと、アストルティアの相方持ちの方々が書く日誌やツイートを参考にしたり、実際にいた相方持ちのフレンドを思い出しつつ、ままならない恋に翻弄される人たちの気持ちを想像しながらけっこう真面目に書いています。
で、やっぱそんなことができるっていうのは、我ながら、どっかにその資質を秘めているのだと思います。
反対に、「相方ラノベ超絶わろたー!」という方々がなんだかんだ言いながら「学長、次回作まだ?」と言ってくれるのもとてもうれしいものです。
な?
癖になってきとるやろ?ホレホレ
「こういう題材で書いてほしい」という、その人の経験談なのか何なのか、微妙にリアルなリクエストとかも来ていまして、アストルティア恋愛ライトノベル、けっこうおもしろいかもしれないですね、ひゃはは。
今週の試練終わってなかったからやーろうっと。
マキさんでした!
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