さいごのカギ



最近引越しをして、玄関がキーレスタイプのマンションに住むことになった。
ホテル住まいみたいで楽しくて、さいしょのうちは管理会社からもらったぴかぴかのカードキーで出入りしていたけれど、説明書をよく読んだら、スマホでも、PASMOでも、さらに暗証番号にもできることに気づいて、いろいろ試した結果、4ケタの暗証番号方式で行くことに決めた。
そしてこの瞬間、私の鞄からカギという持ち物がなくなった。

肩にかけたバッグの意外な軽さで、カギ+革キーケースの存在感がとても大きかったことに気付く。
いまだ、出掛けるたびに何か忘れ物をしているような気がしてしまうし、家に近づくと無意識にカバンをガサゴソ探してしまうし、あ、もうないんだった、と我に返るたびにいちいちちょっとショックを受けている。
便利で超イケてる私のキーレスIoT生活♪を想像していたのに、私の中の何かが依然、モノとしてのカギを恋しがって泣いているのだ。

固定電話に始まって、手紙のやりとり、メモ帳、カレンダーに時計にカメラまで、生活のあらゆる部品がてのひらのスマホに取って代わられてから、もうずいぶん経つ。
私は、だからこういうスマホに淘汰されしツールたちを失っていくことにはとっくに慣れているはずだった。モノが私の世界から消えていくことになんの抵抗もなかった。
なのに今回、ことカギに関してだけは、その喪失に対する違和感が尾を引いてなかなか消えてくれないのはどうしたことだろう。
前のマンションを退去したときに返却した、あの変色した古くて重たい銀のカギ。
あれが私のさいごのカギだったのかなあ。
もう私の人生にカギが戻ってくることはないのかなあ。
そう思うと、自分でも驚くほどに寂しいのだった。

この記事を書くまで数か月間、私は「どうしてカギだけが喪失感を残すのか」を考えつづけ、暇さえあればネットの海にダイブして、私と同じ気持ちを抱いている人がいないか調べた。
結果、私と同様の背景によってカギにこだわる人は世界に二人といなかったが、これが私の答えだと思えるものを見つけた。
遠い時間の波の向こうにたゆたう記憶を辿ろうとするとき、ドラクエの記憶に助けられることが多くある。
DQⅦが発売された時、私は何歳だったなあ、とか、Ⅷが出た年にすごい失恋したなあとか、けどⅨの頃にはすっかり忘れてすれちがい通信してたなあ、とかそんな感じで、本物のドラクエおたくはそうやってドラクエで人生の時を刻んでいる。
そうだ。私にとってカギが特別なのは、ドラクエの旅があったからだ。

私の初めてのドラクエだったDQⅢは、カギに憧れカギに翻弄され、喉から手が出るほどそれはもうカギを渇望することそのものだった。
なかでも一番、私にカギへの、とびらの先にあるべき未知の旅路への憧憬を抱かせたのはまほうのカギである。
その入手に至るまでの道のりの、なんと長く困難だったことだろう。
アリアハンを離れ、ロマリアから街道を北西へ折れると森と岩山に囲まれたほこらがあった。
氷河が解けてするどく削り取られたピレネーの岩肌はどこまでも続いて国境をなしている。
その麓にほこらはあった。
門番は言った。「まほうのカギがあれば、ポルトガへいけるだろう」
その短い言葉は私に、異邦の風景と人々への強烈なあこがれを抱かせた。
それに、これまで訪れた城や街々には開かずの赤紫色のとびらがいくつもあった。
鍵穴をのぞけばお行儀よくこちらを向いた宝箱が並んでいて、早く私に開けてほしがっているように見えて心躍った。
カギを手に入れたならすぐに再び戻って来よう。
私は世界に散らばるまほうのとびらの場所を地図に一つ一つ書き留めていたけれど、いつの間にか地点はすべて頭に入っていて、メモは必要なくなった。
まほうのカギへの旅が想像をはるかに超えて長く続いたからだ。

さまようよろい、ギズモ、あばれザルに阻まれて、中継都市アッサラームをめざす途上で何度も旅は頓挫した。
砂漠をさまよって命からがら辿り着いたオアシスの国にまほうのカギはなく、さらに熱砂を歩いてゾンビどもの跋扈するピラミッドを盗掘するしかないと女たちは冷たく言い放った。
近づいたと思ったさきから夢は彼方へ遠ざかる。そのたびにカギは私をさらに強く魅了した。
授業中には世界地図でヴァスコ・ダ・ガマの航路をなぞり、クラブ活動で素振りするときには脳内のあばれざるを殴り、私はいつもとびらの先にある未来を夢見ていた。

ファラオの眠る墓で出遭う敵は実に容赦がなく、落とし穴はあるわ、呪文が封じられるわ、おひさまボタンはどこにもねえわで良いことは本当に何もなかった。
人がひとつの高みへ登ろうとすることは、これほどまでにしんどいのか。
子供だった私は将来を思って戦慄したが、事実、社会へいたる階段は一段ずつが絶壁のように高く、大人になってからの世の道行きもつねに厳しかった。

後年どうにか社会人となった私は、ロマリア西のほこらとちょうど重なる位置にあるジュネーヴ空港を経由してポルトガルの首都リスボンへ降り立つ。
偉大な航海士の墓を訪ね、イスラム時代にもたらされたモザイク建築の酒場で海鮮とワインとエッグタルトを腹いっぱいに詰めた私は、幼い日にあこがれたまほうのカギを自分の手でようやく握りしめた気がした。
何かを手に入れる代償はつねに重く、新たなとびらを開けようとすればいつもそれを阻もうとする人や禍や私自身の無力が立ちはだかった。
それでもわずかな光さす方へ伸ばしたてのひらに、アリアハンの勇者が渡してくれたそれを私は失いたくなかったのだろう。
なにゆえもがき生きるのか?
あたらしいカギをてにいれるためさ。

いつかまたデジタルの恩恵と引きかえに心がざわめくときがあったならそのときも、今日みたいに正体不明の感情といちいち戯れる私でありたい。
検索窓に問えば一発で答えてくれそうなことを、何日も何年も大げさに考えつづける私でいたい。
私の中にあるこのさいごのカギと、いつまでもともに生きられればいいなと思う。



ドラゴンクエストXランキング