2年くらい前まで、わたしは常時200名以上が在籍する巨大チームに所属していた。
サブキャラだろうが職人キャラだろうがどんな人でも所属OK、ログアウト表示も固定プレイもなんでもござれの自由なスタイルで、当然人の出入りも多かった。
そうなると礼儀知らずやケンカ上等の無法者どもが集まりやすい吹き溜まりになるのかと思いきや真逆で、各々が自分にとって心地よいプレイスタイルを熟知し、お互いのささやかな暮らしを大切にし、みんなはおだやかに、自分の愛するドラクエをていねいに楽しむことだけを考えて暮らしていた。
いつもはログアウト状態でプレイしているソロプレイヤーがときどきひょっこり顔を出して、完全に自分の都合だけでカードボスのお手伝いを募ったりするけれどそれでよかった。
そのことを誰も自分勝手だなんてささやいたりしない。
お手伝いをお願いしてきた人はレベル78棍旅芸人でカードはドン・モグーラだったから旅芸人はモグラの痛恨で何度も沈んだけれど、そのたびに棍で体を支えながら立ち上がる彼をだれも面倒くさがったりわらったりしないで、4人分の世界樹のしずくとはっぱが底を尽きるころにようやく勝てたときは、みんながチームチャットでレベル78旅芸人をほめた。
チムクエは誰もやっている気配がないのにいつのまにか闇の中で誰かが完遂していて、報告のチャイムだけが毎日鳴り響く。
誰がやったのか、どうして姿が見えないのかなんて誰ひとり気にする風もない。
放っておくと本当に半年に一回くらいしかチムチャ音が鳴らないが、それでも全員がとにかく自分の好きなことだけを最優先してプレイすることのできる、とても良いチームだった。
そのチームではふだん、メンバー同士の関わりがほとんどなかったけれど、その中で数少ないガチステプレイヤーだったわたしは、すすんでソロ専メンバーたちの酒場フレンドになった。
画面上でかれらのアイコンが明るくなったことはかつて一度もなかったが、フレンド申請時にはおてがみにドルセリンやけんじゃの聖水をたくさん添えて送ってくれた。
気まぐれでかれらのプロフィールを眺めたときなんかにかれらのレベルが上がっていたり、ドレスアップが新しくなっているのを見るとわたしはそれだけでとてもうれしかった。
そんなチーム内の酒場フレンドのひとりに、ももいろボブカットのエル子ちゃんがいた。
名前は、うーんそうだな、ここではマリィちゃんってことにしようと思う。
マリィちゃんもまためったに姿を現すことのないストーリーだけやります勢だったけれど、わたしと酒場フレになったことをとても喜んでくれて、フレ登録した翌日にていねいなおてがみを送ってくれた。
「マキさん、強すぎます。わたしとおなじでちっちゃいのに、どうしてこんなにHPや攻撃力がちがうんでしょう!とても同じ種族とは思えない。」
ホワイトデーのキャンディ模様の便箋いっぱいに、マリィちゃんはその感動と興奮を書き綴っていた。
完成したチョーカーを胸に光らせ、その他アクセと装備でめいっぱいドーピングし、ピラ9層まで疲れ知らずでオノを振り回すために上腕二頭筋、大胸筋、広背筋その他およそエル子っぽくないあらゆる筋肉を鍛え上げたわたしを、マリィちゃんは文字数の限りに賞賛してくれた。
そんな斧ゴリ子を従えたマリィちゃんはある日ついに創造神マデサゴーラの討伐に成功したらしい。
彼女ははじめて冒険日誌を書いていた。
「通い詰めること3日間。
やっとマデサゴーラを倒すことができました!
わたしひとりの力ではどうすることもできない、信じられないくらいの強敵でした。
フレンドになってくださったチームメンバーのみなさんに感謝します。
本当に本当にありがとうございました」
創造神を退け、平和になったグランゼドーラ城のバルコニーで青空の下、マリィちゃんは白いチームユニフォームを着て笑っていた。
「ドラゴンクエストって本当にすごいですね。
子供のころ以来で、十数年ぶりでゲームをしましたが、今でもゲームがこんなに楽しい時間をくれるものだとは思わなかった。
眠れない夜、悲しくてどうすることもできなかった日々、何度も心を救われました。
とても楽しかったこと、力を貸してくれたこと、これからもずっと忘れません」
わたしがこの日誌を目にした数日後、マリィちゃんのキャラクターは消えていた。
彼女はぼうけんの書を消すまえに酒場でわたしを連れ出してからふくびき所に行ったようで、わたしの郵便ポストにはスペシャルふくびき券が20枚くらい入っていた。

マリィちゃんは、キャラを消せば書いた日誌も消えてしまうことをわかっていて、あの日日誌を書いた。
ふだんから他者に関心を持たないチムメンたちが、目に留めてくれるかどうかもわからないのに。
わたしはその日たまたま冒険者の広場をのぞいていて、ぐうぜんマリィちゃんの日誌をみつけた。
じきに彼女がキャラクターを消してしまうなんて思ってもいなかった。
たぶんチームメンバーの中で、マリィちゃんのこの日誌を読んだのはわたしだけだと思う。
彼女が書いたそれを読んでわたしはとってもうれしかった。
いいね、も、コメントもしなかったけど、でもわたしはこのときはじめて思った、「ドラゴンクエストがオンラインになって良かった」と。
誰かに読んでもらえることが期待できなくとも、こちらこそありがとうってリアクションが来ることがないとわかっていても、たぶんそのとききっとマリィちゃんの胸には、書き表さずにはいられないような、大きくてたしかなよろこびがあったのに違いない。
そしてわたしはマリィちゃんが、楽しかったって言いながら去っていくところを、ささやかに見送ることができた。
わたしにもいつかくるその日、
わたしはいったいどんな気持ちで、何を書き残したいと願うのだろう。
パソコン越しといえど幾人もの友人をもち、ともに喜んだり悔しがったりしたこの世界を旅立つとき、どんな気持ちがするものなのか。
あるいは世界が永遠に閉じてしまう日を迎えるって、どんな気分なのか。
わたしはまだ知らない。
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