アンとルシアの心理学

3年くらい前からレベルをカンストさせることにすっかり関心を失い、2年くらい前からエンドコンテンツボスを倒せなくてもいいやと思い始め、今や、マイタウンのために貯めていたお金をレベル70のサブ野郎があっさり使い込んでも全く意に介さなくなってしまった。

そんな私がどうしてドラクエ10を続けているのかというと、もうここは私にとって月額授業料1,000円の学校みたいなもんだからだと思う。
つまりは学ぶことが多い。

ドラクエ10をやる人は他のゲームに比べて優しいとか親切だとか、はたまた民度が低いとかいろいろ言われているけれど、つまるところ普通の人間の集合で、だから我が校庭はしっちゃかめっちゃかで面白い。

玄人が集まる他のゲームと違って、ドラクエという国民的ブランドがアストルティアに集めた有象無象は、あまりにも普通の人間で、だからこそ生々しい。
というわけでこのアストルティアという学校にいると、人間の実態について、なるほどそういうことだったのかと気づかされ納得させられることが多いのだ。



私にとってこの学校ははじめてのオンラインゲームで、だからネトゲにはチーターがいるとか効率厨がいるとか不倫があるとか、謎のヒエラルキーがあって何故かいばっているやつがいるとか、国語算数社会道徳、あらゆる教科において衝撃を受けた。

中でも一番勉強になったというか身に積まされたのは、「プレイヤー全員が同じ気持ちでドラクエをやっているわけではない」ということであり、またそのことに気づかないために起こるトラブルの多さである。
たぶん過去にも同じことを書いたことがあると思うけれど、なんせ何年経ってもこの実感を新たにするばかりなので、もう一度掘り下げておこうと思いチョークを執る。
さあ今日は、心理学の時間。


「なんで万魔に来たのにミラーアーマーじゃないの?」
「金策したいなら、なんで2アカにしないの?時間のむだじゃん」
「インしてるのになんでチームイベント来ないの?」

こういう言葉をちらほら聞くことがある。
すると、
「なぜあなたは、自分にとっての正解が、あなた以外の誰かにとっても正解だと思い込んでいるのですか?」
っていじわるな返しをしたくなるけれど、まあ待たれよ。
いじわるするよりも面白いことがある。
研究だ。

私の周りでも似たようなことはときどき起こるけれど、そのたびに思い出すのが発達心理学の診断で使われる〈アンとルシアのテスト〉* である。

① アンとルシアは同じ部屋の中で遊んでいます



ここに、アンとルシアというふたりの女の子がいます。
ふたりはなかよくボール遊びをしました。

② アンはボールを片付け、部屋を出ました



ボール遊びが終わって、アンがボールを赤い箱の中に片付けました。
そして、アンだけが部屋を出ていきました。

③ ルシアはボールを黒い箱に移しました



すると、部屋に残っていたルシアが赤い箱からボールを取り出して、黒い箱の中に移してしまいます。

④ アンは赤い箱と黒い箱、どちらを探しますか?



部屋にもどったアンがまたボールで遊ぼうとしています。
さて、アンがボールを探すのは、赤と黒の箱、どちらでしょうか。

このテストのポイントは、「ボールが赤い箱から黒い箱へ移された事実を、ルシアは知っているが、アンは知らない」という状況を理解しているかどうか。
他の誰かの立場になって考える力の有無を試すこの課題は、発達心理学で「心の理論」と呼ばれて研究されている。

心の理論は、その人が他者とともに人生を円滑に生きていくうえで、1つの重要なカギである。
「人の気持ちが分かる人であれ」と昔からしつけられてはきたけれど、誰だってこんな理屈をパッシブで備えて生まれてくるのではなく、この心の理論を人間が獲得するのは、だいたい4~5歳頃であると言われている。
いきなり他人の装備をのぞきこんで文句を言ったりするのは、さて幼少のころ身に着けたはずのパッシブを、どこかに置き忘れてしまったのだろうか。

ちなみに人がうそをつく行為も、もとをたどれば同じ心の理論に由来すると言われている。
かわいいエル子ちゃんが「あたし高校生なんです、勉強とバイトで忙しくてゴールドない…」と言っておけば人間男さんがミラーアーマー一式をポストにぶち込んでくれるだろう、と策をめぐらすのも、おじさんの気持ちを想像できるからこそ、というわけなのだよ。
わかればよろしい、はい今日の講義はここまで。

*この記事ではドラクエ風味を出すために「アンとルシアのテスト」としたこの課題は、実際の発達心理学では「サリーとアンのテスト」と呼ばれるもので、アラン・M・レスリー、サイモン・バロン=コーエン、デイヴィッド・プリマックらが研究・実施したものです。

【参考資料】
・Newton 2019年12月号「心理学超入門」
・「保育実践と発達心理学―相互の学びあいに向けて」木下 孝司・心理学ワー  ルド85号・公益社団法人日本心理学会(2019年4月)
・鹿児島県総合教育センター指導資料(2018年4月)

 


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