わたしのドラクエ5

どうも学生諸君 こんばんは
わたくし、当ブログ「マキさんのドラクエ総合大学」にて学長をつとめております



マキさんでござーます。

みなさまドラクエシリーズの中で一番好きな作品はどれでしょうか。
ドラクエファンだという方に出会うと必ず問いかけてみるこの質問ですが、問われた方はだいたい頭を抱えてしまわれます。

選べないのです。

そして多くの人が「ストーリーだけで言えばコレ、音楽ならアレ、総合的にはやっぱソレかなあ…」などとやっぱり明確な順位をつけられずに終わるわけですね。

そんな中、30~40代のTHE ドラクエ世代の方々に同じ質問をしたとき、迷いに迷ったすえ多くの殿方がNo.1に挙げる作品がこれ。



ドラゴンクエスト5
天空の花嫁(1992年)

です。

もしかしたらこれはわたしの知人という母集団だけの傾向なのかもしれませんが、男性は「5が至高ォォ!」と答える人がとても多いと思います。

反対に、今のところ女性で5が一番好きと答えた人は見たことがない。
男女で好き嫌いが分かれるとても興味深い現象ですが、当のマキ学長も「う~ん、5はちょっと…」派です。

いや、もちろんやりましたよドラクエ5。
たぶん生まれて初めて、親に頼んで予約して買ったゲームです。
でも、なんか5だけは、ちょっと苦手。

この「なんか苦手」っていうのはすごく抽象的なようだけども、ドラクエ5をプレイした女子には、もしかしたらけっこう共感してもらえるんじゃないだろうか。
そんなことを思った今日でしてね。


 

幼き日のわたしが、具体的に5のどのあたりでウヘェ…となったのかと言うと、第一にはパパスがゲマに殺されるところです。

ぬわ

「ぬわーっっ!!」と、
あの日本一有名な断末魔をあげて、子どもの目の前で殺されたパパス。
死神のような異形の怪物に連れ去られる主人公。
オーブが破壊されたときのドォーン…という大きな音。
ひとり取り残されて、洞窟の中を心細げに歩き回るベビーパンサー。
重苦しい葬送行進曲のようなBGM。

一つ一つの要素がくみあわさって、完璧な「残酷」を作りあげていました。
今思い出しても結構しんどい。

ドラクエは、3も4プレイしていたので、5以前も、人の死に接するシーンは何度も見てきました。
でも、ここまで細かい演出が尽くされた惨劇はそれまでに見たことがなく、なんかもう、当時まだ幼かった私は、開発陣に対する反発すら覚えた記憶があります。

「ドラクエの新作、すごく楽しみにしてたのに…なんで、こんなこわいものみせるの?」
と。

その後さらに残酷物語は続き、奴隷となった主人公はムチ打たれながら強制労働の毎日を送ります。
排泄物のにおいのする牢に閉じ込められ、衰弱した奴隷仲間が死ぬと、兵士たちは壊れた道具でも捨てるかのように、死体をタルに入れて下水に流しました。
きわめつけに、奴隷を酷使している主は新興宗教団体…ってもうドラクエ5はこの世の闇のオンパレードかーい!

この時点で多感な少女マキさんの心は完全にきずついてしまってですね、リカバリ不能に陥りました。

そこから先ももちろんプレイしましたが、中盤から始まるドラクエ5の新要素「モンスター仲間システム」も、一般的には最大の見せ場と言われる「結婚相手を選ぶシーン」も、なんかもうあんまり頭に入って来なかったですね。

しかしながら「結婚」とか「妊娠」、「出産」がシナリオに登場したことにはやはり思春期の女子として非常に衝撃を受けました。

とくに、結婚の場面では、「選ばれる者がいれば、その陰に、選ばれない者がいる」という現実を目にしなければなりませんでした。
こんなゲーム、それまで見たことがなかったんですよね。

それまでのドラクエは、完全にわたしたちの生きる現実とは切り離された幻想世界でした。
伝説の勇者が剣と魔法で戦えば、世の中のすべてがきれいに正義と調和の中へとおさまってゆく理想の物語でした。

でも、5は違った。
力や正しさだけではどうしようもないこと、大切にしていたのに突然奪われてしまうものがたくさんでてきたのです。

詳しいことは忘れてしまったけど、何かのインタビューで堀井雄二さんが「ドラクエ5では、つらいことがたくさん起こるけど、人生っていいことだけじゃない。そういうことを描くシナリオでも良いと思った」という趣旨のことを言っているのを見かけました。

ヒトの闇、ヒトのリアルをはじめて物語の中心に据えた5という作品は、その時のわたしにしてみれば「もうドラクエじゃなくなっちゃった」と思ってしまうくらいショックなものでした。

でもRPGというものが、また一歩先の世界へ進化するために、幻想でなくリアルな人間の、リアルに不幸な人生をモデルにする、というのは、ひとつの大きなターニングポイントだったのかもしれません。

奴隷になって悪の教団のために神殿を作らされたり、石像に姿を変えられて8年間も雨ざらしになったり、そんなのは現実の世界では起こりえないけれど、きっとこれらもまた、わたしたちの身近なところで誰かに起こっている不幸の象徴なのでしょう。

そんなことも、今やいいお年になった今の学長なら、わかりたくもないほど、わかってしまいますねぇ…と、昆布茶をすする。

願うなら、どんな不幸な人生にも、あらがえない宿命のもとにも、サンチョのようにいつでも見守ってくれる誰かがいてくれますように。

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2018年6月24日