ストーリー深掘りシリーズ Ver4.0「オンディアヌと魔法のペン」

5000年前の王都キィンベルのサブクエスト「オンディアヌと魔法のペン」を覚えているだろうか。

困っている人がいて、主人公がそれを助けて感謝され、報酬をもらってめでたしめでたし。
それがサブクエストというものの既定路線である中、「オンディアヌと魔法のペン」はプレイヤーの心に重くやるせない後味を残す問題作であった。

キィンベルに暮らす詩人ミハイルには愛する女性がいたが、その恋は禁忌であった。
彼の恋人オンディアヌは王国の西の湖に棲む水の妖精で、妖精と結ばれた人間は命を落とすさだめなのだという。



禁忌を破りミハイルが死ぬことを恐れたオンディアヌはミハイルが詩作に使う羽根ペンに魔法をかけた。

魔法は彼を創作にのめり込ませ、やがて彼からオンディアヌに関する記憶を奪ってしまう。
しかしミハイルが詩を書き続け、羽根ペンが傷んで折れると魔法が消える。
彼は記憶を取り戻してふたたびオンディアヌを求めるが、そのたびにオンディアヌは彼のペンに魔法をかけて彼女に関する記憶を消しているのだった。

水辺のファム・ファタール

海や湖といった水辺に棲む妖女が、訪れた男を惑わし破滅に導く説話は少なくない。
海辺の岩礁から美しい歌声を聴かせ、誘惑した航海者を喰い殺すギリシャ神話のセイレーンや、大きな川に暮らし、通りかかった男を船ごと引きずり込んだという古ドイツの妖精ローレライなどが有名である。

「セイレーンのキス」グスタフ・ヴェルトハイマー 1882年
画像出典:インディアナポリス美術館

イギリスの画家ウォーターハウスが描いた絵画「ヒュラスとニンフたち」はよりオンディアヌのイメージに近い。

「ヒュラスとニンフたち」J.W.ウォーターハウス 1896年
画像出典:マンチェスター市立美術館公式サイト

蓮の浮かぶ池から現れた美しいニンフ(妖精)たちに腕を引かれ、男はまさに陥落寸前といったところである。

今昔を問わず男は妖しくも美しい女に弱く、惑わされ身を滅ぼしてきたのであるが、そんな水辺のファム・ファタール伝承の影響が本クエストからは感じられる。
オンディアヌの名そのものも、西欧の童話などによく登場する水の精霊ウンディーネから来ていると考えられる。

そして詩人は生と死のループを生きる

クエストを進める途中で、わたしたちはミハイルが果てしないループの中にいることに気づく。
魔法の羽根ペンが折れては彼女を思い出し、新しい羽根ペンで詩を書いては記憶を失うミハイル。
オンディアヌと結ばれたいという彼の願いが報われることは、永劫に無い。

ミハイルの記憶を奪うことは間違いだとわかっているが、彼が死ぬことを受け入れることはできないとオンディアヌは言う。
記憶喪失をもたらすペンの製造という役割を毎度負わされているらしい錬金術師メルクルも、これでミハイルが本当に幸せになれるのだろうかと嘆いていた。

ミハイルにとって、忘れることは死ぬことだ。
彼は新しいペンが届くたびに、オンディアヌへの愛を貫いて死ぬか、それともすべてを忘れて死んだように生きるかの選択を迫られている。
彼にとってそれはいずれも死だ。

彼は新しいペンを前にして、毎回、それが初めての決断かのように迷う。
迷い、絶望し、決意する。
羽根ペンの魔法を受け入れて、すべての記憶を殺すことを。
ミハイルはそんな恐ろしい決意を、一体いつからなのか知らないがずっと繰り返しているのだ。
何ひとつの報いもない。
進むことも退くこともできない残酷。

そう考えるとオンディアヌは、やはり神話のセイレーンやローレライと同じ、水辺のファム・ファタールなのかもしれないと思うのだ。
彼女に恋したミハイルに、生きて叶えることのできない残忍な夢を見せた。
その人生を破滅させたに等しいのだから。

気づいた人は多くないかもしれないが、このクエストには続きがある。
Ver4.5で現代に転移してきた王都キィンベルでミハイルの家を訪ねても、詩人はもうそこには居ないのだ。

プリエラのこのセリフには続きがある。
「きっと今ごろ、ミハイルはオンディアヌとイチャイチャしているんじゃない?」

時の指針書がなくなり、自分の意志で家を飛び出したミハイルはいま、オンディアヌと一緒に居るのだろうか。
クエストでたずねた湖畔をぐるっと歩いてみたけれど、やはり彼らの姿は見えなかった。

見渡すと、湖のまわりには白いとこよアゲハがひらひらと舞って、まるで彼らのゆくえを告げているようだ。
「常世」とは、現世と遠く離れた、水の彼方の理想郷を言う。