明日は会社にインシテミル

5月7日の日経新聞。
この記事を読んでエエッと驚いたオジサマがたは世間に多かったのだろうけれど、わたしたちアストルティアの民は動じない。
それはアメリカでバーチャルオフィス化に大成功し、急激な成長を遂げている企業の紹介記事だった。

eXp Realty社のバーチャルオフィス(公式より)

アメリカの不動産会社、eXP Realtyは、eXp Worldという仮想世界に社員を集め、会議も研修もそこで済ませる。
名目上、ヘッドオフィスはワシントン州にあるけれど、そこに出社する社員はいない。
わたしたちが毎日自宅のPCからアストルティアへ行くように、全米から、世界から、社員たちは仮想オフィスに出社するのだそうだ。


画像引用:https://join.exprealty.com/work-anywhere/
以下同じ


だけどわれわれアストルティアの民にとって、会社のVR化なんてとっくのとーに想定内。
わたしたちはもう7年近くもの間、実体なき仮想の空間で見も知らぬフレンドたちと親しく関わり、ケンカしたり恋愛したり、協力したりしてきたベテランVR使いである。
わたしたちはこの「社会」の中に独自の規範が生まれたり、流行が生まれては消えてゆくさまを、長い間ずっと目の当たりにしてきた。
だからVRオフィスのニュースを見ても、いちおう感心するけれど、あんまり驚かない。
むしろわくわくするくらいだよ、ついに来たか、われわれの時代が、って。



日経新聞の記事になっていたeXp Realty社は、VRオフィス導入による経費削減に大成功して、急成長をつづけている。
この6年で株価は10倍、社員数も3年前の約6倍と、右肩上がりなんだそうだ。
どんなに社員を採用しても、社員を入れておく”ハコ”が要らないから家賃がかからない。
机も椅子もロッカーも買わなくていいなんて、そんな経営は夢のよう。

課題はというと、なかば予想通りではあるけれど、年配の社員たちのあいだに、システムへの抵抗が見られることだそうだ。
「会話をするなら、電話で十分でしょう」
「紙の資料がないと、どうも会議の内容も頭に入ってこないような気がして…」
課長や部長クラスの社員が渋い顔でこんなふうにぼやくのが目に浮かぶようだ。

思ってた、わたしも同じこと思ってた。
ほんのすこし前まで、何でもネットで済ます時代に言い知れないこわさと空虚さを感じてた。
電子コミックが流行りだしたとき、置き場所を取らないメリットは感じたけど、紙のマンガにしかない感動の手触りを失うなんてさびしいと思った。
ネット銀行と電子マネーが登場して、紙のレシートも通帳もなくなった。
すっきりしてはいるけれど、不安で仕方なかった、「通帳も証書も無かったら、わたしのお金がどこにいくらあるって、誰が証明してくれるの?」って。

あれから数年、令和元年のマキ学長。
今思えばあの頃感じていたバーチャルやネットへの抵抗感は自分のどこを探しても見つからない。
それは、たぶんわたしが6年近くドラクエXの世界に身を置いたことと深く関係している。



「フレンドを削除しますか?」
そのたった一つのボタンを押すだけで消えてしまうような脆い人間関係なのに、気が付いたら6年間も笑いあってきた人たちがいること。
旅人バザーに売り出した品は、出品者名、出品日時とともに正確にデータベースに刻まれ、買い手がついた瞬間に、遅滞なくゴールドが郵便局に振り込まれること。
たとえアストルティアで誰かにいじわるや不正をされることがあっても、その会話ログは半永久的に保存され、赤い鎧を着た正義のお兄さんたちが悪い人たちをきちんと成敗してくれること。

そんな、6年間のいろんな体験と見聞によって少しずつ少しずつわたしはアストルティアにのびのびと存在することができるようになり、自分でも気が付かないうちにしっかりと、ここに根を下ろしていた、ということなのだろうと思う。
バーチャル空間でも、現実の世界とそう変わらないリアルさで、人は人と関わることができ、喜ばせたり、苦しめたりもするというのだということを知ったから。



プレイ開始から6年経った今、アストルティアに居るエルフのマキは、もう、ほぼわたしそのものだ。
ひげははえてないけど。

今ここにいるわたしが普段使うのと同じ、あまり上品とは言えない言葉をしゃべり、わたし同様のガサツさを持ちながら、ごく自然に周囲の人々と関わることができるまでに、バーチャルマキは成長した。
似ていないのはぱっちりとした大きな瞳と、尖った耳と金髪だけ。
アストルティアのマキは正当なわたしの生き返しとして、他ならぬわたし自身の全幅の信頼を受けてそこにいる。

だから思うのは、これからたくさんの企業や組織が物理的なオフィスを捨ててVR化したとき、わたしたちネトゲ民は誰よりも早くその環境に溶け込み、仮想空間をいかして活躍することができるだろうということだ。

まず第一に「ナニコレ?アバターになって会話するの?嫌だ、バカみたい!」と、ネットに入ることそのものを嫌悪したり恥じらったりする気持ちが、わたしたちには乏しい(よくも悪くも)。
これはものすごく大きなアドバンテージだと思う。

もしも「はい、明日から弊社ではVRで会議をやりますよ」と言われたら、日本の企業人の大部分はこの最初の大きな石につまづくだろう。
でも、ネトゲ民はつまづかない。
そしてむしろ知っている。
バーチャル世界で好まれるコミュニケーションとはどういうものかを。

わたしたちは知っている。
エル子の8割は中身おじさんだという言説がどんなに強力なものであっても、人はエル子にエル子の夢を見るものだということを。
アバター社会では、良くも悪くも現実以上に見た目がモノを言うんだということを。
だからわたしたちは微に入り細を穿つべく、キャラクリに何時間もかけることの意味を知っている。
ネトゲ廃人よ恐れるな。
我々は強い。


VRオフィスでもネトゲと同じように、アバターの顔や服装をカスタマイズするのだそうだ

eXp Realty社を取材するために、じっさいに仮想オフィスにログインしてみたという記者も、「電話で打ち合わせするよりも、VRのほうが、実際に会って同じ場所にいるという感覚になった」と言う。

それはなぜだろう。
ドラクエXをやり始めて6年間、ずっと考え続けていたわけではないけれど、いつもわたしは、心のどこかにこの「なぜ?」が貼りついていたと思う。

どうしてだろう。
顔を見たことも声を聞いたこともなく、本当は男なのか女なのか、何歳なのかもわからない人々と、ともすると数十年来の友人以上に仲良くなれるのはどうしてだろう。
わたしがネトゲ恋愛研究をするようになったのも、ほじくり返してみれば、ここに発端があるように思う。
そしてこういうニュースを見聞きするにつけ、これからもわたしはずっと、ネットにおける人間模様を研究していきたいなあと思う。



もしも自分が勤める会社がVRになるなら、スクウェア・エニックス社に商談を持ち掛けて、我が社はグランゼドーラの秘密会議室を借り受けたい。
それから社員食堂は酒場にしてもらって、ナブナブサーカスやシャンテちゃんのステージを毎日観たい。
んで、社の屋上には花の咲き乱れる王家の迷宮を使わせてもらって、アタシお昼休みにはちょうちょを追いかけるんだ……。

まあそんな妄想はともかく。
アストルティアというふしぎな文化圏でいつのまにやら身につけた、強さと弱さといい加減さを信じて、胸を張ってVR時代を迎えられたらいいと思う。


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〈参考資料〉

●日本経済新聞電子版2019年5月7日
「さらば痛勤 我が社はVRオフィス」
〈参考サイト〉
●ZUU Online 2018.9.11
「バーチャルオフィスの衝撃」
eXp Realty社公式サイト