サブキャラから失礼する文化を読み解く

みなさんコンニチワ!
マキ学長です。

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ほんじつの授業は、ちょっときになるこちらの話題からスタート。
だいぶ古いニュース記事ですが、興味深いので読んでみましょう。

 

ソーシャル新人類の不夜城
10代は何を考えているのか
本音を言うのは別名で~サブアカを使い分ける中高生の思い~


 これは、TwitterなどのSNSを使った交流をする中高生の間で起こっているサブアカ現象について書かれた記事です(201411月日経ニュース)。 

いまやSNSが日常に欠かせないツールとなっているのは、大人だけでなく、小・中学生といった若い世代も同様。
それはわたしとて知っているつもりでした。

しかして若者たちのSNS運用方法は、われわれドラクエ世代には到底マネできないくらい、細かく入り組んでいるのです。

 

記事によれば、中高生たちはTwitterなどを使うとき、本名や住んでいる所、学校名などを明かしたメインアカウントの他に、いくつものサブアカウントを持っているのだといいます。


プロフィールを伏せることによって発言内容の制限を無くし、愚痴や悪口など、本音を吐き出しやすい環境を作る。

また、興味のない人には理解できないようなディープな趣味について気兼ねなく呟くために、サブアカウントを使い分けるんだそうで。

 

人によっては、3つ、4つとアカウントを持っていることもあるのだそうです。

各アカウントにログインするときはそれぞれのキャラに合った自分を演じ分けたり、裏アカウントはリアルな交流のある友人・家族には絶対に教えないなど、かなり細分化された使い方をしている人もいる、ということが書かれています。


twitter

Twitterのアカウント作成画面。

最近、アプリ起動中のアカウント切替機能が充実し、複数アカウントの管理・運用が格段に楽になったことも、こういう使い方をするユーザーが増えていることを物語っている

 

マキ学長もTwitterのアカウントを持っていますが、ドラクエの最新情報を仕入れることを主目的とするアカウントが1つだけ。

それ以外のサブアカウントが必要と思ったことはないし、愚痴や悪口など、言いにくい本音をアウトプットするための場がほしいと思ったことも、今まで一度もありません。

あ学長、ふだんからクチは悪いしな!

言いたいことはだいたい言っちゃう。

 

しかしこの記事を読んでいて、ふと思い起こされることがありましたので、本日の研究テーマといたしましょう。
それは…


ドラクエ10の世界において「サブキャラから失礼する人々」のことです。

 

説明しよう!

サブキャラから失礼します」はドラクエ10プレイヤーの間に生まれし定型挨拶のひとつである!

メインで育てているキャラクターからはワケあって発言できない場合に、隠れミノ的に二人目・三人目のキャラクターを使って冒険日誌などに投稿を行うことを指します。

「メインのキャラクターを伏せ、投稿用の別キャラから書き込んでいますので、どうぞよしなに」という意味の、なんとも現代風で便利な枕詞なのであります。

 

誰が最初に使い始めたのかは知らないが、時流に乗った表現は非常に使い勝手が良いようで、またたく間にアストルティア内なら誰にでも通じる文句として定着。


いまや「目覚めし冒険者の広場」(ドラゴンクエスト10の公式SNS)に掲示される書き込みの多くが「サブキャラから失礼」している有り様でございます。

 

しかしややこしいのは、「サブキャラから失礼」している投稿の多くが、フレンド募集を目的とした書き込みであることです。

 

 フレ募集カテ

※画像引用は公開範囲「だれにでも」のもののみ。

 

彼らが掲示板に書き込みをするのは、一緒に冒険する仲間を探すため。

なのに、日々レベル上げにいそしみ、苦労して高価な装備を揃えたいつものキャラではなく、まだ育成も半ばの「サブキャラから失礼」しちゃう。

こうした不可思議なねじれ行動に、そこはかとない関心を寄せている方もおられるのではないでしょうか。

 

フレンド募集カテゴリに寄せられている投稿の多くは、「自分に合うフレンドがなかなかできないから、もっと自分とプレイスタイルの似た友だちが欲しい」あるいは「ゲーム内恋人のような存在が欲しい」という動機を持ったものであるようです。

どうやら、こういった投稿をフレンドたちに知られてしまうことが恥ずかしい、あるいは既存の関係にカドを立てることを恐れる気持ちによって「サブキャラから失礼」しているもよう。

自分の本当の願望や感情をさらけ出すのが恥ずかしい。
あるいは、誰かを傷つけたり、非難されたりするのがこわい。

こうした心情は現代人ならば共感しやすいと思いますし、冒頭でご紹介した一般的なSNSにおけるアカウントの使い分けと内容的に同質と言えるでしょう。

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しかし考えてみると、アストルティアに存在するキャラクター自体、リアルな自分とは離れた仮の姿を操作し、仮の人生を暮らしているはずです。

(プレイヤー個人によって、キャラへの移入度合は違ってくるとは思いますが)

 

つまり、いつも使っているメインキャラクターだって、リアル社会のなかで友人や同僚、家族と顔を合わせる実存的な自分とはべつの存在。

そう言った意味合いではサブキャラのはずなのです。

 

それなのに我々アストルティア人は、そのサブキャラですら自分の素直な気持ちを吐露することをためらい、サブの自分の、そのまたサブを創出するのです。

 

こうして何重もの隠し底に秘めた、「べつの自分」になることでしか、本当の思いを叫ぶことができない。

 

別の自分なら、本当の気持ちを言える。

違う姿になってはじめて、本当のわたしを見せられる。

 

ネット内における社会は、ともすればリアル社会と同じくらい存在感を増してきました。

 

そんな中、わたしたちは、まるで永遠の合わせ鏡のような、こんなにも面倒な仕掛けの中でなければ、自分自身でいることができないという、じつに特異な性質を持ちつつあるようです。

 

※ 冒頭でごしょうかいした、日経ネットニュースの記事はこちらからどうぞ。